掃除が私達にもたらす快適性

今日は仕事が休みなので、家の掃除を一ヶ月ぶりにしたのですが、一ヶ月も経つと床が非常に汚れています。どこからこんな埃が出てくるのかと怒りと苛立ちを覚える程です。母親がまだ若く元気な内は毎日母親がしてくれていたみたいなのですが、最近では加齢の影響で身体が重たいらしく、私が月一回位の頻度で掃除を担当します。
掃除の順番は自室、2階の渡り廊下、階段、一階の渡り廊下、洗面所、居間、台所とそれぞれ掃除機をかけて、その後水拭きをします。特に水拭きをした時は雑巾が果てしなく汚れます。掃除をしながら、つくづく何もしないとこんなにも汚れていくのかと日常的に掃除をしていく事の重要性を痛感しています。同時に、昔は私達が学校に通っていた頃は、私達の知らない所で陰ながら家を清潔に保ってくれていた母には心の中で感謝しています。
私は基本的に掃除が嫌いなのですが、家の中が埃まみれになっていく様はもっと許せません。ただ、今日家を掃除して改めて感じたのは、やはり『きれい』は気持ちいいという事です。掃除は面倒で大変なのですが、それを達成した後の『きれい』な状態は、その煩わしさを補って余りある程の快適感、爽快感をもたらしてくれます。その心地いい状態を保つ為にも、もう少し掃除の頻度を増やしていきたいと考えています。